「タグ」に
関する記事一覧
-
/
-

【イベントレポート】「離れていても、地域とつながる」を開催しました!
18時30分になり、イベントがスタート! 当日は気仙沼出身の若者や地域とつながりたいと考えている東京在住の社会人など24名の方が参加。会場いっぱいに人が集まりました。 まずは気仙沼市の紹介と、今回イベントを企画・開催した移住・定住支援センターMINATOについて紹介をしました。 続いてゲストの吉野里実さん(面白法人カヤック・SMOUTカスタマーサクセス担当)に、地域とつながる多様な事例を紹介していただきました。 印象的だったのは、吉野さんが意図的に「地方」ではなく「地域」ということばを使っている理由と、「域」が持つ意味を大切にしたいというお話。 「「域」という言葉の持つ意味を紐解くと、「どのくらいまでを自分や家族が生きていくための仲間として捉えるか」という議論にも発展します。どんな「域」を捉えるのか、どんな「域」で暮らすのか。あるいは、どんな「域」とつながっていくのか。そう考えると「地域」の持つポテンシャルの高さに改めて気付かされるのではないでしょうか」 と、大事なヒントをいただきました。 トークセッション その後は3名のトークセッション。 MINATOスタッフであり移住者でもある加藤航也と、気仙沼出身の大学生で現在も気仙沼に関わり続けている岩槻佳桜さん、そして引き続き吉野さんにご登壇いただき、「地域とつながるってどうすればいいの?」をテーマに意見を交わしました。何度も頷いている人や、メモに筆を走らせながら聴く人もいるほどみなさん興味深く聴いている様子。 佳桜さんは昨年から能登地域に入って復興支援に携わっています。幼い頃に東日本大震災を経験している佳桜さんは、近しい年代の気仙沼出身大学生と一緒に能登に通い、現地の子どもたちや高校生を支援しようと活動しており、その中での気づきを教えてくれました。「自分はこれはど真ん中じゃないなと思うことも、やってみたら楽しかったんですよね」というコメントは、これから地域とつながりたい人にとって大事な観点なように思います。 それから、ソトコトの指出さんが出版した『オン・ザ・ロード』で語った「二拠点思考」という考え方について加藤から話があり、これが印象に残った人が多かったようです。 関わり方にはグラデーションがあり、つながり方は無限にある。その中に自分らしい地域とのつながり方を見つけて関われるといいよねという話に、多くの人が頷いていました。 地域とつながる個人ワーク&シェアの時間 地域とのつながり方についてインプットした後は、個人ワークの時間。 関わってみたい地域や、2025年にやってみたい地域とつながるアクションなどを書き出す時間をとって3〜4人のグループでシェアしました。 時間が来ても話し足りないほど盛り上がり、みなさんの地域への想いの強さを感じるいい時間となりました。 イベント終了後も盛り上がって話は尽きず、夜の街へと吸い込まれていく人たちもいました。参加者同士で情報交換をしたり、今後もつながっていきそうな交流が生まれたりと、今回のイベントを機に都市と地域の新しい関係性がさらに広がっていくのではないかとワクワクする会となりました。 離れていても地域とつながろう! 参加者からは ・もっと話したかったと思うくらい楽しかった! ・地域との関わり方がたくさんあることを知れてよかったです。 ・2拠点思考を知れてよかった。想うだけでも、こう言ったイベントに参加するだけでも地域に関わりがあるんだなと思えた ・みなさんがどんな地域と関わって何をしているのか聞けて参考になりました! といった感想が寄せられました。 離れていても地域を大切に思っている人たちがこんなにもいるのだということ、そしてみなさんの思いの強さに胸がいっぱいになった夜でした。 今後もこのような機会をつくっていきたいと思いますので、その時はぜひご参加いただけたらと思います! 参加していただいたみなさん、ありがとうございました!
-

「けせんぬま子育て応援店」認証制度
第一弾「飲食店」55店舗認証 気仙沼市では、子育て世帯の来店を歓迎する気持ちがあり、利用しやすい環境の整った店舗を「けせんぬま子育て応援店」として認証しました。 店舗の詳細情報は、インスタグラム(新設)で順次発信します。 けせんぬま子育て応援店インスタグラム 認証項目 ●子育て世帯の来店を歓迎してくれる ●来店の際に使える駐車場がある ●離乳食の持ち込みができる ●子ども用の椅子が1脚以上ある ●禁煙もしくは分煙の店舗である ●キッズメニューがある(又は、取り分けて子どもに食べさせられるメニューがある) ●子ども用の食器(コップ、スプーン、フォーク、お椀または深皿)が2つずつ以上ある 店舗によっては、以下のものがあります!子育て世帯はさらにうれしい!! ●手洗い場に踏み台がある ●おむつ交換ができるスペースがある(テーブルのみの店舗) ●子どもを寝かせることができる(ベビーカー入店ができる、もしくはスイングラック等がある) ●フードカッター、エプロンがある 特別デザインのロゴと「海の子ホヤぼーや」が認証店舗の目印です! ●このイラストは、ホヤぼーやが赤ちゃんの頃をイメージして書き下ろしてもらった「けせんぬま子育て応援店」限定デザインです。 お問い合わせ先 けせんぬま子育てコレクティブインパクトプラットフォーム「コソダテノミカタ」 info@kosodate-no-mikata.org
-

【気仙沼中学校】2年 M・Iくんの職場体験記!
地域と生きる街 気仙沼 MINATOで働く佐藤さんにインタビューをしました 今回は、探究学習をテーマにしている「気仙沼の課題を減らすために取り組みをしている仕事」について、佐藤文香さんにお話を聞きました Q.気仙沼の魅力はなんですか? A.水産業の町で人が元気で前向きなところもあり、人が交流する場もあるところです Q.気仙沼をPRして人口は増えますか? A.人口が増える可能性を信じて気仙沼に来たくなるような情報や観光名所をPRしています Q.震災前と後で街中はどれくらい変わったんですか? A.建物が新しくなり人が交流する場が増えました。新しい気仙沼をつくりたいみんなの気持ちが一つに揃ったと思います。 Q.気仙沼の大きな課題はなんですか? A.人口が減ることで空き家が増え続けることが大きな課題です。 Q.人口減少の原因はなんですか? A.都会の方が選択肢が多くあることで、自分のしたい仕事に合わせて、市からはなれてしまう、からこそ、ないものを作り、職を作ることが良いと思います。 変われる自信があることを知っている 今回、お話を聞いて私が心に残ったことは見出しにもある「変われる自信があることを気仙沼の民は知っている」という言葉です。 震災で街が無くなって、また1からスタートした気仙沼の街と人は長い間、復興を続けて昔からガラッと変わった景色を見て変われることを目や心で実感したことから自信があるんじゃないかと思っています。 人口減少や空き家の増加が進んでいるなか、変われると信じて私たちは気仙沼を盛り上げていくことが大切だと思います。 そのために私たちができることは、SNSを使って気仙沼のおすすめのお店や観光名所をPRして、後は総合などで気仙沼の現状を知れる時間があった方がみんなで課題を解決することができるを思います。 初めてのインタビューだったというM・Iくん。 話を聞いて一気に書き上げていく姿が印象的でした。 一緒に気仙沼の情報発信を考えてくれてありがとうございます! また聞きたいことがあれば、ぜひMINATOに来てくださいね。
-

【気仙沼中学校】2年 S・Wくんの職場体験記!
活気が、溢れる町気仙沼!! 日々の気仙沼の暮らしが、ちょっと楽しくなりそうな事を紹介しようと思います。 気仙沼にはたくさんの魅力があると思いますが、その中でも2つに絞ろうと思います。 くるくる喫茶 1つ目はくるくる喫茶です。 場所は気仙沼市役所の近くで、普通の喫茶店では無いんです。 土〜日曜日に、お店の中で、ライブをしている時があります。 コーヒーを飲みながら音楽を聞けます。インドネシアの人たちとも交流ができます。 異国の人たちと、たくさんふれ合ってみてください。 カツオ 2つ目は、気仙沼と言えば、有名なカツオを紹介します。 気仙沼は、カツオの水揚げ量が日本一で、27年間連続なんです。 なので、おいしいカツオ料理を2つ紹介しようと思います。 まずはお食事の店あじ蔵さんのカツオの塩たたきです。 値だんは、770円、営業時間は、17時〜22時まで。定休日は、日曜日で、住所は、田中前1-3-6、おいしいので、食べてみてください。 次に、つるかめ食堂のかつお漬け丼定食で、値だんは900円、営業時間は、7時から13時、定休日は、なしです。 住所は魚市場前4-5みしおね横丁です。 休みの日に是非、足を運んでみてください。 思ったこと・感じたこと 今回記事を書いて僕が、思ったことや気づいたことは、気仙沼は、漁業だけで、町を作っている訳では無く、喫茶店の取り組みや様々なことに取り組んで、町を発展させていることが分かりました。 書ききれませんでしたが、気仙沼には、カツオの料理以外にも、たくさんのおいしい、料理があるので、気仙沼を巡ってみてください。 自分ごとを大事にして情報発信をしてくれたS・Wくん。 今回調べた場所をぜひ訪れてみてほしいです。 じっくり練って作り上げていました。 ありがとうございました!またいつでもMINATOに来てくださいね。
-

コラム #7 親子で地方に移住するってどんな感じ?
今回親子おためし移住を体験したSさんファミリーは、首都圏の4人家族。としきさん、みきさんと3歳の息子さん、0歳の娘さん。としきさんは人材総合サービス会社に勤務し、週1は出社、それ以外はテレワーク。みきさんは現在育休中で、長期間滞在できるこのタイミングで、10月半ば〜11月初めの2週間、気仙沼に滞在しました。 ー親子おためし移住を利用したきっかけは? (としきさん)家族が増えてこれから住む場所を考え始めていた時に、気仙沼親子おためし移住を体験した友人にこのプログラムを教えてもらったことがきっかけです。ほかの地方移住体験もしていたのですが、気仙沼は学生時代に何度も足を運んだ好きな場所なので、縁を感じました。 ー気仙沼に来る前に不安はありましたか? (としきさん)行くのをとても楽しみにしていたので、あんまりなかったですね。あるとしたら、住んでいるところから距離があるので移動手段について家族で相談しました。車で行くか、新幹線で行ってレンタカーを借りるか悩んだのですが、0歳の娘は長時間車に乗っていられないので、結局は僕が自家用車で、妻と子どもたちは新幹線で二手に分かれて移動することにしました。 ー気仙沼での滞在ではどんなことをしましたか? (としきさん)たくさんの地域の方に出会いましたね。MINATO(気仙沼市移住・定住支援センター)のスタッフの方に移住者の人たちを紹介してもらったり、その人たちと一緒にランチしたり、バーベキューにも誘ってもらったり。それから、大学生の時に震災ボランティアで気仙沼に来た時に知り合った人と久しぶりに再会したりして。本当にたくさんの人に会えました。あとは、唐桑地区にある戸建ての住宅で暮らしていたんですが、近所のおばあちゃんからカツオをいただいたり、新鮮なお魚や野菜をいただいたり。気仙沼の食もたくさん楽しみました。 伝承館(気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館 @kesennuma_memorial )にも行かせてもらいました。息子は津波のことを詳しく知らなかったんですけど、小さいながらいろんなことを感じていました。親としても、このまちで起きたことを学べたのは大きかったなと思います。 (みきさん)こうしてご縁をいただいたからには、ちゃんと知っておきたいなと思っていたので、行くことができて良かったです。 Photo by Momoko Shida ー気仙沼で保育所に息子さんを預けてみて、どうでしたか? (みきさん)海が見える保育所で、景色がよくて庭も広くてとても素敵な場所でした。先生たちが本当に優しくて、穏やかな気持ちで送り迎えをしていました。もう、行くだけで気持ちが洗われるような感じで。唐桑保育所は「中遊びと外遊び、好きな方を選んでいいよ」っていうスタンスでした。子どもを主体とした遊びをさせてもらえているんだなと思って、とても有り難かったです。 ー息子さんの反応はどうでしたか? 本当に楽しく通っていました。朝送る時も「早く帰っていいよ」って言われるほど(笑)一日も休まず通うことが出来ました。 ー気仙沼で一番思い出に残ったことは? (としきさん)息子が家族以外の大人に遊んでもらっていたり、気仙沼の子たちと一緒に遊んでいる風景がすごく印象に残っています。 ぼんやりとですが「こうありたいな」という子育てのイメージがあって。自分たちだけで子育てをするのではなく、いろんな人と触れ合ったり、その中で新しい気づきがあったり「みんなで子育てし合う」ようなことができたらいいなと思っていたんです。 もちろん都会にいても実現できることだと思うんですが、気仙沼はとにかく人との垣根が低いんですよね。子どもたち同士で遊んだり、一緒にご飯をつくって子どもたちと食べたり、一緒にお風呂に入れたり。それから、子どもたちで遊んでいる時に注意しなきゃいけない時「おもちゃを取っちゃ駄目だよ」と注意をしてくれたり。自分たちだけじゃなく、みんなでみんなの子を大事に育てる感じ。家族同士が隔たりなく交流して子育てできるような環境を気仙沼で2週間体験できたのはとても良かったですね。 Photo by Yui Sugawara Photo by Kohei Shikama ー気仙沼で一番思い出に残ったことは? (みきさん)お母さんたちが、「自分たちでまちを良くしよう」と活動している姿がすごく印象的でした。 民間で運営している親子の居場所「わくわくけせんぬま ( @wakuwaku.kesennuma )」に行ったのですが、温かい飲み物が置いてあったり、「いつでも持って行っていいよ」と洋服のお下がりコーナーがあったり。痒いところまで手が届くような素敵な取り組みをされていて、印象的でしたね。 あとは、一時預かり専門託児所の「Omusubi( @omusubi_kesennuma )」 は生後2ヶ月の赤ちゃんから一時預かりができて、しかもそれが無料。(※1)それを活用してお母さんたちが仕事や学びの時間に充てている姿を目の当たりにして、「いつでも無料で子どもを預かってくれるってなんてありがたいの!」って思いました。これはもう、全国のお母さんたちにアピールしたいですね。うらやましいですし、なかなかほかにもないんじゃないかなって思います。 ー不便だったり、大変だったこともお聞きしたいです。 (としきさん)移動手段が車1本に絞られてしまうので、都会と比べるとどうしてもそこは気になるポイントでした。運転に慣れていないと大変だなと思うことがあるかもしれません。 (みきさん)あと、地元の方に「病院事情を知っといた方がいいよ」と聞いて。2週間の間に子どもが少し体調を崩して病院に行くタイミングがあったのですが、混んでいましたね。私たちは1時間ぐらいで通してもらえたのでそこまでではなかったんですけど、「数時間待つこともある」と聞いたのはちょっとびっくりしました。そこは心構えがあると良いかもしれません。 ※1…※気仙沼市に住む第2子以降(0~2歳)は自己負担なしで託児が利用可能。(条件あり) ー今回気仙沼に滞在してみて、変化した考え方はありましたか。 (としきさん)来る前は正直、「地域の人とたくさん関わって、また来れる場所になったらいいな」くらいの感覚でした。滞在してみたら「ここに住むのもいいかもな」って思うようになりました。買い物とか土日の過ごし方とかを実際にやってみて、移住後の生活がリアルにイメージできました。 あと、災害のリスクについてはちゃんと知りたいなと思っていたんです。もともとは、なるべくリスクの少ないエリアに住もうという考え方でした。ただ、気仙沼に来てからは、リスクを避けるだけでなく、、向き合う方も大切だと感じました。今や「ここにいたら絶対に災害は起きない」という場所ってあまりないと思うし、「ここなら大丈夫」と高をくくっていると、いざという時に知識がなく身を守れない。「過去を学び有事に備える」という視点は大事だなと思うようになりました。 ー気仙沼親子おためし移住に興味を持ってきてくださる方に、ひとことお願いします。 (みきさん)私は子育て支援が充実しているのを実感したので、これから来る方には子育て支援施設に子どもを預けて自分の時間をとって、地域のお母さんたちと触れ合う時間をつくるのをおすすめします! (としきさん)気仙沼の方は、心が開いている感じがするんですよね。人を受け入れる器が大きいというか。オープンなので行く人も変に壁を作らずに、オープンにした方が良い出会いがあると思います。やって良かったのは、「お試し移住で来ました」と積極的に伝えること。会話が広がるきっかけになりますし、地域の人たちがいろんなことをお話ししてくれてこのまちの良さをより知ることができるんじゃないかなと思うので、ぜひこの言葉を使ってほしいです。 それから、地元の方も移住した方も、このまちをより良くできないかと一人ひとりが考えているので、いろんな活動が生まれています。自分のやりたいことに向き合って挑戦している人たちがたくさんいるので、それをぜひ現地で実感してほしいですね。 親子で地方に移住する。 それは家族のことや子どもたちのことをたくさん考えた先で「こうしたら自分たちが豊かだと思える生き方に近づけるんじゃないか」と思った時の、行動の選択肢の一つなのだと思う。 ためしにいつもと違うまちで暮らしてみたら、暮らしをより豊かにするきっかけが見つかるかもしれない。 *** 親子おためし移住のことをもっと詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください! https://turns.jp/107112 お申し込みについてはこちら https://www.minato-kesennuma.com/kesennuma/16480/
-

コラム#旅人編1-6 この海で世界とつながっている
この海で世界とつながっている このまちでは、広い海が私たちの心を大きくさせ、行き来する船が私たちの夢を大きくさせるのかも。 海を、港を、眺めているとそうやって思った。 どこまでも続く海を見ていると、狭い心でものごとを考えていても仕方ないと思う。 大きな船に乗り込んで海に出ていく人を見ると、夢は大きくていいと思う。 私たちは“ちっぽけ”なんかじゃないよ、と言われているような気がした。 気仙沼を歩いてみたら沢山の発見があった。祈りが根付いていて、たくさんの人や物が海を介して行き来している。 この海で、世界とつながっている。 photo&text asami iizuka ほかにも気仙沼の暮らしに関するコンテンツ発信中! Instagram「海と暮らせば」はこちらから
-

コラム#旅人編1-4 この海で世界とつながっている
この海で世界とつながっている 世界とつながっている、と感じられる場所は気仙沼にたくさんあるけれど、魚市場のすぐ裏にある「みしおね横丁」にある「ワルーンマハール」もそういう場所のひとつだ。 お店のすぐ向かいには、ムスリムの彼らが礼拝をするための小さなモスクもあるみたい。 いま、気仙沼船籍の船には多くのインドネシア船員がいるという。そんな彼らの写真がぎゅうぎゅうに貼られたボードから、この場所に刻まれてきた思い出を想う。 異国で暮らしていて、大変なことはなかったかな?漁師として成長できた? いまはもう海の先のインドネシアに帰っていった人もいるのかな、元気にしているかな。 およそ5000kmも離れている海のその先へ、思わず語りかけたくなるようなランチタイムだった。 「ミーゴレン」は日本でいう焼きそばみたいな感じで美味しかったな。 photo&text asami iizuka ほかにも気仙沼の暮らしに関するコンテンツ発信中! Instagram「海と暮らせば」はこちらから
-

コラム#旅人編1-3 この海で世界とつながっている
この海で世界とつながっている 気仙沼港を歩いてみると、白い船たちが並んでいる景色がとても眩しい。風の強い日が続いていたので、大きな船もたくさん停泊していた。 船の中にも漁師さんらしき人がいて、次の出港に備えていろいろ準備しているみたい。 車もよく行き来していて、運転席から顔を出してちょっとした会話に花も咲く様子。 そういえば、どの船にも渡し橋がある。こんなに細い、はしごみたいな道から広い広い海に出ていくんだな〜と、驚きつつ途方に暮れた。 この橋が、陸(おか)と海をつなぐ道。ここから世界の海へ。ここを歩く漁師さんたちの背中を想像して、少し見上げるように写真を撮る。 photo&text asami iizuka ほかにも気仙沼の暮らしに関するコンテンツ発信中! Instagram「海と暮らせば」はこちらから
-

コラム#4-12 気仙沼から伝えられることって、何だろう。
気仙沼から伝えられることって、何だろう。 気仙沼はこの13年で、 まちも、人も、ものすごく変化してきた。 東日本大震災をきっかけに 移住したり、関わりを持ったりした人がたくさんいて、 そのご縁は今でもずっと続いている。 だから、絶対まちは良くなる。 そこから生まれるものだって、たくさんある。 大丈夫だ。 無責任な言葉に聞こえるかもしれないけれど、 気仙沼からだから届く言葉だと思う。 大丈夫。 明るい方に、歩いていこう。 photo by kohei shikama ほかにも気仙沼の暮らしに関するコンテンツ発信中! Instagram「海と暮らせば」はこちらから
-

コラム#4-11 気仙沼から伝えられることって、何だろう。
気仙沼から伝えられることって、何だろう。 あの日から13年目を迎えて、かずえさんはどんなことを思っているのだろうか。 「まずは、生きててよかったなって。本当に、生きててもらってありがとうって。こうやって13年目を迎えられて、ありがたかったな、幸せだなって。このまちにいる人たちとか、まちから出て行った人も、どこにいる人も、みんなとにかく生きててよかった。 もう二度と、人の命が失われるような、こんな目には合いたくない、二度とね。けど、この13年間、悪いことばかりではなかったなと。”おかげ”って言うのは違うと思うけど、震災があった”から”、出会えた人とか、起きたことが、ずいぶんあるなって。それがありがたかったなって思います 気仙沼は、もちろんできてないこともあるけれども、変われたところもある。だいぶ変われたという自負があるから、また変わろうっていう心映えがある。『もっと変われるかもしれない』って思えたことは、一番良かったことじゃないでしょうか」 気仙沼から、能登の人たちに伝えられることってなんでしょうか、と改めてかずえさんに聞いた。 「気仙沼も、震災以前は閉塞感でいっぱいだったんです。『変わらざるをえない』っていうことが、必ずいいエネルギーに変わるんだと思うの。全国からたくさんの方が手を繋ぎましょうって言ってくると思うし、その人たちと一緒に何かをすることで、これまでしがらみで動けないと思っていたことが、大きく動くきっかけになる。 生きている人たちは、いろんなことを負い目に思ってると思うけど、明るいものを見てほしい!明るいことをじゃんじゃん見て、そっちに向かったら、きっといいことがあるんですよ。能登の人も、もっとよく変わる。それは必ずそうだと思います」 「必ず」というかずえさんの言葉は、「大丈夫だから!」と背中をたたいてくれてるような感じがした。 (4/4) photo by fumika sato ほかにも気仙沼の暮らしに関するコンテンツ発信中! Instagram「海と暮らせば」はこちらから
-

コラム#4-8 気仙沼から伝えられることって、何だろう。
気仙沼から伝えられることって、何だろう。 3人目に会いに行ったのは、気仙沼自慢の豊かな食を全国の食卓に届けている斉吉商店 @saikich_syouten のかずえさん。明るくて、活発で、話すと元気をもらえる人だ。 2011年の3月11日。食品加工の工場、店舗、本社が津波の被害にあった。事前に有事の対応について共有できていたため、従業員が全員無事避難できたのが、不幸中の何よりの幸いだった。 2日後の朝、かずえさんは本社や工場がどうなったかが気がかりだった。「危険だから駄目だ」と言われながらも、いてもたってもいられず、がれきの中を何時間もかけて歩いて見に行った。建物のあった場所は変わり果てていた。火事で真っ黒に焦げた船とまちを見て体が冷たくなる思いがしたという。その時、思いもよらぬ光景がかずえさんの目に飛び込んできた。 「そこにね、真っ白い船が入ってきたの。無傷の船。もう、唖然とした!綺麗で。空も青くて。そうか、沖に出ていた船は無事だったんだ!って。無傷の、たった一つのものみたいに見えたんですよね」 全部ダメだと思った時に見たその光景は、明るい気持ちを思い出させた。 「起こってしまったことって、どうしようもないじゃないですか。だから、少しでも明るい声を出したり、笑ったりできるものを探していたように思います。だって不安でたまらないわけだから。みんな『少しでも明るい話をしよう』って意識があったと思います」 無理をしてでも、少しでも明るくいること。それは自分の気持ちを保つために必要なことだったのかもしれない、と話を聞いていて思う。 (1/4) photo by fumika sato ほかにも気仙沼の暮らしに関するコンテンツ発信中! Instagram「海と暮らせば」はこちらから
-

コラム#4-6 気仙沼から伝えられることって、何だろう。
気仙沼から伝えられることって、何だろう。 高校卒業後の進路は、大学でまちづくりを学ぶことに決めた。 ずっと東京に出たい気持ちもあったし、気仙沼で出会った大人で一番影響を受けた、まるオフィスのたくまさんが学んだ大学だったからだ。 たくまさんのどういうところに影響を受けているのか聞くと、「常に新しいところですね。変化しようとしているところ。一緒にいて面白いなって思います」とゆきちゃんは言う。 大学生になってからもたくまさんとのつながりは絶えず、探究学習の学生コーディネーターとして気仙沼に関わり続けた。 「気仙沼には大学がないから、ちょっと歳の離れたお兄さんお姉さんって、憧れがあったんです。自分が子どもの頃も、大学生が企画したワークキャンプとかに参加して会う機会があって、それで自分もやりたいって思ったんです。あの時はしてもらったから、自分がサポートする側に回ろうって」 元々地元を早く出たいと思って東京へ行った彼女は、今の気仙沼をどう思っているのだろう。 「大学にきて思うのは、帰ってこれる場所があるって良いなって。『ただいま、おかえり』って言ってくれる場所。周りから、ふるさとがあることを「良いな」って言われることが多いんですよ。あとは、面白い人が多いですね。自分の好きなこととかやりたいことを持っていて、自分の人生を生きている人」 東京と気仙沼。大学生活を過ごしながら気仙沼とも関わり続けて活動するのは、簡単ではないだろうなと想像する。それでもずっと気仙沼に関わり続けるのは、なぜだろう。 「声をかけてくれる人たちがいて、その人たちが面白いからです。やる時はちゃんとやるし、ふざける時は全力でふざけるし。そういう大人って良いなって思うし、一緒にいたい、関わっていたいって思います」 かつては、ここには何もないと思っていたゆきちゃん。だけど今、「面白い」と思う人たちは気仙沼にいて、いつも刺激をもらっているのだ。 (2/3) photo by asami iizuka ほかにも気仙沼の暮らしに関するコンテンツ発信中! Instagram「海と暮らせば」はこちらから